正しい日本語

日本語ブームと言われた時期がある。大野晋『日本語練習帳』(1999年、岩波書店)、齋藤孝『声に出して読みたい日本語』(2001年、草思社)などがベストセラーになり、漢字検定の受験がブームになった時期である。(主催者のサイトによれば、2000年度に約158万人だった志願者が、わずか2年間で約204万人に増え、その後、2008年度の289万人まで増え続けていた。)このブームは規範的な日本語(いわゆる「正しい日本語」)や古典的教養の強調といった考え方を広めた。これらは例えば藤原正彦『国家の品格』(2005年、新潮社)、坂東真理子『女性の品格』(2007年、PHP研究所)などがベストセラーになったことにもつながっているように思われる。また、教育実践の面では暗誦や朗読を学校教育に広めることにもつながった。ブーム自体が続いているかどうかは定かではないが、基本的にこれらの考え方や実践がいまでもある程度広がっているとは言えるだろう。

実は私自身も上述の日本語ブームに対して、気持ち悪さを感じている一人である。「日本語教育を仕事にしています」というと、しばしば日本語を愛し、素朴に日本語や日本文化の素晴らしさを広める愛国者のように思われたりするのであるが、実は、私に限らず、多くの日本語教師はそのような言われ方にある種の落ち着かない気分を感じている。しかし、ただ、気持ち悪がっているだけではいけないと思うので、これから数回にわたって、その理由について説明し、日本語の規範(「正しい日本語」)に対する考え方や「日本語の美しさ」をめぐる言説の問題点を解き明かしてみたいと思う。

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